2019/02/11

窓の雪はやんだ

2月になった。
1月後半は突然動き出してあっという間に行ってしまった。
2月は最後まで、逃げられないように捕まえて 惜しむように楽しみたい。

週末、兵庫の原田の森ギャラリーへ行ってきた。
まず、その佇まいに惚れ惚れとした。
すこし70年代を感じさせるような白い大きな壁面。なだらかに2階へとつなぐ階段。
ソファの形ひとつとっても見飽きない。
卒業制作展ということで会場は何とも言えないにぎわい。懐かしいな〜この感じ。
硝子で器をつくられている方のお話を聞かせてもらった。
小さな気泡が無数に閉じ込められたシンプルな形の器。
朝霧や靄をイメージした器でその形はガラス板を加工する作り方で作られているのだそう。
ちょっと書くには複雑なのでここへは書けないけど、その板が自重で下に落ちて行く形なのだそう。
その形の作られ方と作品のイメージが繋がってまったく感動してしまう。
うつくしい風景を形として留めておける作品。そして実用も出来る…

もうひとつ心に残ったのは建築の作品で、変化する町の在り方に建築が寄り添うような作品だった。
建築作品というとコンセプトを打ち出し、それをどう建築物(とそれ包む空間)で表現するか、というイメージだったけれど
その作品は建築物としては特に存在せず、町の形を補うような、町を見守るような
現存する建物同士を繋いだり、足場のようなもので簡易に補ったり。
突如出来た空っぽな空間でお祭りを提案したり。
自分のこれまで抱いていた建築というイメージを変える不思議な作品だった。
建築に関して知識がないので変な事を書いているかもしれないけど…
古い町並みが都市の再開発という名目で突然取り壊される。
再開発計画の必要に応じた部分が町という自然の形から削り取られる。
美しく盛られた料理を荒々しく取り去られるような。
その突然取り去られた部分をどう繕うか、傷をどう癒すか。
話を聞いていてそんなイメージを持った。
その繕いはいつか、遠くないうちにまた新たな建物なり何かで一新されるとしても
それまでの時間も一生の中では大事な時間であって、その時間をどう過ごすのか。
そのひとときを去るものととらえるか、今この時ととらえるのか
自分がここのところ大事にしたいと思っていた、今 という感覚。
模型やパネルだけを見ていただけでは分からなかったことをたくさん聞かせてもらった。
その人の家は造園業を営んでいて、古墳周りの景観?を作り出したりしているのだそう。
造園でも色んなものがあるのだな〜と関心したり、自分の仕事と繋がって面白かったり。
出会いは新しい目線や物差しをくれる。
面白い時間だったな〜。

春に展示させてもらう予定の「千鳥文化」(←記事へのリンクです)へも行ってきた。
そこではまさに取り壊しを免れた継ぎ接ぎの面白い文化住宅をどう活かすかを実現していた。
リノベーションはよく見かけるけれど、ちゃんと残す事を大事にしている建築物はあまり見たことがなくてその仕事ぶりも見ていて楽しかった。
継ぎ接ぎの、間取りが迷路のようなこの空間で何が出来るかな。楽しみ。

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小川洋子さんの「ミーナの行進」を読んだ。
子どもの頃の永遠が美化されすぎず感じるままに書かれているような作品。
ハードカバーで読んでよかった。より一層この話を体感出来たような気がする。
読んでいる途中から乳ボーロ(とフレッシー)が食べたくなって買いに出かけたり。
舞台は芦屋で場所のイメージが出来るのも面白かった。
美しい雰囲気なのにみんな関西弁でちぐはぐしていて、夢すぎず現実があって。でもやっぱり美しい。