2019/01/05

10年以上経って

Hamburg
(canal)

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今年の目標は、毎日を大事に暮らす。
明日、明日。ではなく。今日、今、ここ。
にしきも、短くてもせめて書付けておきたい。
ほとんど自分しか読んでなくても。
他の人のことは分からないけれど私は少し落ち込んだり塞いだりすると自分の日記を読む。何でだろうな。

年末年始は久しぶりに家族4人で過ごした。
犬のいない初めてのお正月。
紅白のフィナーレで大興奮したり、寝坊してのんびりおせちとお雑煮の準備をしたり。
年末年始は静かに居たくて地元の小さい神社で初詣。
思いのほか素敵な造りの神社で驚く。今までまともに見ていなかった。

ちょいっと喫茶店へ出掛けてハンブルクで拾った拾集物披露をしたり。
葉っぱの一枚、一枚を丁寧にみてくれていた。
その姿を目に、心に焼きつける。

そして思い立って、高校の同窓会へ飛び入り参加。
母になった同級生達は潔く美しく見惚れた。
今まではいつでも会える気がして疎遠になってしまっていたけれど
これからはいつでも会えるならいつでも会おうと思った。

電車でクッキングパパを読んでいた。
夢ちゃんが田中君と、お父さんに(中華風)胡麻だんごを作ってあげる話があって
本当になんてことない話なんだけど何だか幸せで泣いた。
北の国からを観ているときも時々そういう風に涙が出る。
何でもないのに、その何てことなさに涙が出る。

ハンブルク ある日の朝

2018/12/31

戌年といぬ

今日は2018年大晦日(になったところ)。

今年は色々盛りだくさんな一年だった。
天災も多かったし家族にも自分にも色々なことがあった。

目の前のことを大事にしたい瞬間がたくさんあったので、今年はあまり にしき を書いていない。
でも書きたいこと、残しておきたいことが本当はたくさんあったような気がする。

前半は映画をよく観た。今年は40本。私にしてはすごい数字。
年明けの「ル・アーヴルの靴みがき」に始まり、人生初のオールナイト(アキ・カウリスマキ作品!)を体験したり
行きたかった映画館(パルシネマ)へ行ったり…

春ころには春の風が吹いた。
小さなことを共感出来る日々は目の前を明るくしてくれる。

夏に今年一番の哀しい事があった。
16年間一緒に暮らした愛犬が旅立った。
家族みんな体も心も全部使って最期まで見送った。
その分それからしばらく何も出来なくなった。
大事な人にすら連絡が余り出来ず仕事も身が入らず、家族以外とほとんど話さない日が続いた。
それでも時間と想い出がすこしずつ元気にしてくれたし
周りの人にも沢山励ましてもらった。
もう家族の前であまり泣けなくなってしまった頃に
淡路島の美しい海の前で沢山泣かせてもらって、不在の未来を受け入れられるようになって、季節は秋になった。

新しいことへ向かって歩き出した。とてもゆっくりだけど、そのぶん足元も、小さな変化もたくさんみることが出来るので楽しい。

そして今年もう一つの大きな出来事。ドイツで展覧会を開催した。
イギリスのときと同じく月夜と少年の企画。
とても大きな出来事だった。
海外へ行くと、凝り固まっていたことや、無意識の当たり前、に気付く。
「違う」に触れると閉じていた感覚がぶわっとひらく。
それに気づいてしまうと、色々と生きづらくなる不思議。
でも目をそらしたくない。今度こそ。

冬。
たくさん色んな人と話した。立ち位置を確認するような日々。

大事な人が大事な物を突然手放さなければいけなくなった。
自分の愛犬のことを思い出した。いきものも物も大差ない。
大切なものを失う時は突然やってくる。
毎日を大事にする。
瞬間、瞬間を大事にする。
その当たり前を、哀しみと一緒に実感した1年だった。

2019年はもっと大きな変化が起こる予定。
波のように、嬉しいこと、その反対のこともきっとあるだろうけど
どれも大事に想えるような心のタフさとしなやかさを持てますように。


2018.12.30

今年の暮れに教えてもらった折坂さん。いいな〜

2018映画メモ

日記を書いていたけど映画の事を書き出したら長くなったので別に書く事に。

今年の個人的な一番は、爆音上映で観た「パターソン」かな…
静かな作品なのに劇中で時折鳴る重低音が胸に、腹に、響いて すこし不安になりながら観た。
爆音上映で観ていなかったらおだやかなヒューマンドラマという印象だけだったかもしれない。
古い作品も色々観たけれど、閉館するみなみ会館で観た「楽日」もよかった。
「ラ・ラ・ランド」「光」「フラッシュダンス」「大人は判ってくれない」「犬ヶ島」「しあわせの絵の具」「日日是好日」「東京タワー」もよかった。
カウリスマキ作品(別格で好き)は今年6作品観たけどやっぱり「街のあかり」が一番好きだった。
そっけなさ、シンプルさ、色合い…これ以上好きになれる映画があるんだろうか…。なんて。
「東京タワー」は樹木希林さん追悼上映をパルシネマでやっていて、フィルムで観ることが出来た。
なんて美しい映像だろうか。
懐かしさやあたたかい哀しみが、色にも空気にも含まれていて何度も何度も泣いた。
河瀬直美作品の「光」も映画館で観たかった。

来年も素敵な映画に出会えますように。

2018/12/09

Japan→Hamburg→Japan

"Where I am When I am not here"
my art work 
at Galerie Speckstraße (Hamburg,Germany)

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無事展覧会を終えて帰国しました。
しばしご無沙汰にしておりましたが元気です。

帰国後さっそく体調を崩し風邪をひいてたのがようやく落ち着いてきました。長かった〜
もろもろ連絡が出来ていなかったり滞ってしまっていたことに手をつけねば…と言う間に年末。
今年は本当に色々あったなぁ…という振り返り日記も書きたいけれどまた…
ハンブルクのことをまず書き残したいけれど今年中に出来るかな。

取りいそぎちょこっと宣伝。
もう始まっていますが…三条富小路書店9に参加させてもらえることになったので
簡単なハンブルクノート?メモ?新聞?作ってみました。
ドイツ菓子と一緒に販売する予定です。(納品は火曜日の予定です)
お菓子はスーパーで出会った素朴な「レープクーヘン」というお菓子。
バターを使わずブラウンシュガー、アーモンドプードル、スパイスを効かせた味わい深いお菓子。
見た目はクッキーのようですが食感はケーキのよう?一口食べてはっとしたお菓子です。
ドイツのお菓子はスパイスが効いていて甘すぎず、食感がじんわりとやわらかかったりねっちりとしていたり。
とても美味しいです。
まだまだドイツ菓子初心者ですが…よろしければぜひに。
こんな感じのノート?日記付きです。

2018/10/01

「Where I am When I am not here」

boats

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「Where I am When I am not here」

 CARSTEN RABE, 西絢香, Jessica leinen


アーティスト : Carsten Rabe, 西絢香, Jessica Leinen
キュレーション: 月夜と少年, Jessica Leinen
会期:2018年11月13日 – 2018年11月17日
会場:Galerie Speckstraße
Speckstraße 85, 20355 Hamburg, Germany

ドイツのGalerie Speckstraßeと日本の月夜と少年は共同で「Where I am When I am not here」というプロジェクトを企画しています。このプロジェクトは、2018年11月にドイツのGalerie Speckstraßeで開かれるCarsten Rabe と 西絢香による二人展から、その長い道程が始まります。
あらゆる人や物がネット回線で繋がり、加速度的に広がるボーダレスな世界で、ふと立ち止まると、足場は揺らいでいるように感じることがあります。その中で、芸術の可能性とは何なのかと、私たちは改めて問い直すのです。これは、日本とドイツ、遠く離れた小さなコミュニティでの、芸術を通した対話の記録です。「此処ではない、何処かに」想像力を向ける時、例えば海の向こう遠い国に住む友人を想い、例えば自分たちの子供、孫の世代、遥か遠い未来を想う時、私たちは胸に微かな希望の光を灯します。
今回、Carsten Rabeの、時間が止まってしまったかのような、空虚な空間や場面を切り取った写真と、西絢香による静かな時の流れを滑る無数の小さな舟とが、どんな「此処ではない、何処かに」あなたを連れて行ってくれるのか。是非会場で二人の作品から想いを巡らせてみてください。

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詳細は月夜と少年様のwebサイトでご覧ください。

ドイツのハンブルグにあるGalerie Speckstraßeというスペースで展覧会をさせて頂ける事になり、準備をしています。

展覧会は去年の12月の4人展「雪月の形」以来なのですっかり頭の動かし方がわからなくなっていてびっくり…
個展ではないですが、同様に自分で物語やテーマを構築していくのが久しぶりで
間際になってやっぱり苦しんでいます。
ばくっと考えていた時はうまくいきそうだった事がいざやってみると全く主題から逸れていたり(それにしばらく気づけない)
ドイツという場所でアーティストとしてみられる事に心がひっぱられ
出来もしないのに格好をつけようとしていたり、イギリスの展示を意識しすぎたり…
今回は構想段階から月夜と少年の吉田さんたちにお世話になりっぱなし。

いざやり始めて思い出したのは、展示することは思っている以上に心も身体つかうことだったということ。
そして時間が必要なのだということ。
特に自分は何でもかんでも考える癖があり、その時間も必要だし
それを脱することに気づく(とりあえず手を動かす)時間も必要だったことを思い出した。

結局やっていることは垢抜けないけど、それが自分の今出来る表現なのかもしれないな。
自分が好きだと感じる表現をちゃんと信じる心を持っていたい…

それでも、この間すごくはっとする事を言ってもらえて、自分で自分自身にかけていた呪いみたいなものを一掃してもらえたような感じがした。
私はずっと自分に自信がなく、それを言い訳のようにもしていたのだけど
その人に「それは僕が決める事です」と言ってもらえて、ああ、そうだったのか。と力が抜けた。
自分のことをどう思ってもらえてるのかなんて私にはどうしようもないことなのだ。

そのあとに齋藤キャメルさんの「汐風のたより」を読み返していて
「僕というのは心ではなく身体のこと」というところ、
どういうことなのか、正直まだよく分からないけれど、何だかそれに救われるような心地がした。何でだろう。

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わんこさんが旅立ってから2ヶ月になろうとしている。
心が進もうとしているんだなと気づく。未来やこれからについて考える事も増えた。
さて。まだまだ。