2020/06/22

夏至の日蝕

日曜日の夕方から欠け始め、明るいうちに元に戻った。
陰陽師たちは今も蝕を恐れるのだろうか。


夏野菜の時期がやってきた。
そのまま食べれてみずみずしく身体もスッとする。
仕事の帰りにたまに無人販売所へ寄り野菜を買う。
イボイボで青い匂いのするきゅうりや、皮が厚くて味の濃いトマト。
先日山梨からとうもろこしが届いた。
実がプリプリで甘く、旨みたっぷり。

貰い物の三輪そうめんを湯がいたらもう充分。

これくらいの食事が私には合っている。

...
数年ぶりに両親と登山へ。
両親と行ったのはもう記憶にもないくらい前のこと。
400m級の山でそれまでは幾度となく車窓から眺めていた山。
思ってたより登れたのも驚きだったけど
木や岩、土、湧き水に触れることも随分久しぶりだった。
そして触れるたびに心が解放されるのを感じた。

何から解放されるのだろう。多分 生きづらさ、みたいなものからかも。

帰りに寄った道の駅で作家ものでない道具そのものの竹製の籠鞄?が叩き売りされているのを見つけた。
持ち手はビニールのチューブに紐縄のようなものを通して作ってあった。

なんだかとてもよくって
そこで買った野菜をいれたらまたよくて。

山に登ったことと、この竹籠がいまの自分にとてもしっくりときた。

"身の丈に合った"ということだと思った。

心と身体とが解放されるような暮らしがしたい。
そんな願いがまた強くなった。

2020/06/12

仄あかるい雨

白く明るい雨が降っている。

朝の耳勉強のあと、ご褒美として好きな音楽を聴く時間を持ってみた。
Soundcloudはまだしらない素敵な音楽に出逢えるので楽しい
今朝はインドネシアのギター奏者に出会った。

2020/06/07

額の庭

家のベランダに小さい植物コーナーがある。額ほど小さな庭。
カリカリに枯れているようだった紫陽花が美しく開いて、
引っ越し、植え替えで成長を止めていたレッドオークも急に元気になった。
山椒も今年は虫もつかず育っている。

色々なことがあるな、と思っているうちに日記も書かないで過ごしていた。

生きるっていうのは生きている間どう過ごすか、ということで
それをどうしていったらいいか、
なんだか漠然と眺めている気持ちになっている

数カ月で色んな事が変化した
SNSで流れてくる情報が信じられなくなり
自分の無知さや無自覚を突きつけられる毎日

情報は自分が集めなくちゃいけない
分かりやすくキャッチーなものではなくて
結局そこへたどり着くにしても
一旦自分で煮たり焼いたり焦がして失敗して作り直さなきゃいけないのだと思う

人より何でも理解が遅いけれど
そういう回りくどい事をしないと理解出来ないのだ

最近ずっと頭がそんなでこんがらがっている

静かな情報として信じているのは月夜の吉田さんの記事

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最近

尾崎翠作品にハマった。
何て読みづらい(難しい)本なんだ…と何と無しに買った事を後悔していたけど
「第七官界彷徨」一連の作品を読み終える頃にはにすっかりやられてしまった。
なんとなく大島弓子の世界観に似ているような気がする。

英会話にまた通い出すかと思ったけど近くにあまりよさそうなところがなく、この状況もあるので保留に。
とりあえずお金もかかるし自力でなんとかしてみることにする。
さていつまで続けられるのか!
アプリも試してみたけど今のところ私にはNHKラジオ+ゴガクルが割に良くて利用している。シンプルでよい。
後は簡単な英文をがんばって自力で訳す…というのを時々。
同じ意味でもネイティブが選ぶ単語というのが分かるのが楽しい。
皆どうやって勉強しているのだろうか。知りたい。

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久しぶりに姪っ子に会えた。
かわいくってかわいくって。
弟夫妻がどれほど大事に想っているかが染みるように伝わって
帰ってきて思い出して泣けた。
愛って湧いてくるんだな。すごいことだ。

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いつにも増して散文ですみませんでした。