2020/12/29

年の瀬

週末は今年最後の日曜日出勤。
思ったより人出があったものの、
展示室全てのケース、出入口のガラス拭き、
埴輪の埃取り、題箋の小さな修理が終わってもずっとのんびりとした空気感につつまれていた。

帰りに久しぶりに京都へ一人で出て年始のあれこれの買い出し。
デパートの和菓子屋さんを行ったり来たり。
誰かを思い浮かべて買い物が出来るのは嬉しい。
それぞれにぴったりと思えるものが買えて満足して一晩の帰省。

私のためにと用意してくれた手巻き寿司。
毎日家族のご飯を作る身になった今ではそれがどれほどありがたいか身にしみる。
おやつを食べ、ウボンゴという卓上ゲームで盛り上がった。

さて仕事納めの翌日は2年連続でまたもや体調不良に。
去年と同じように、微熱があるけど今回の原因はちょっとわからない。
貴重な休日を1日布団で過ごすしてしまうことが悲しいけど仕方ない。
これ以上悪くならないようにしばらくは様子を見つつ今年ものんびり過ごそう。
体の不調は突然やってくるんだなぁと毎回同じことを思う。
年を越す頃には心が明るく晴れていますように。

みなさまも元気で、良いお年をお迎えください。

..........
クリスマスにぺサンタがくれた花束。
黄色と白の花。白が夫、黄色が私なんだそう。
よく見てくれているんだなぁと感心して嬉しくて胸がいっぱいだ。

2020/12/18

冬のひとこま

朝によく出会う軽トラック。
とてもゆっくり進むその荷台には柴わんこさんがちょこんと座っている。

昨日の朝にすれ違った時、
わんこさんは助手席に座っていた。

冬ですねぇ。

2020/12/16

遠くに見えるもの

yraさんの展覧会「遠くに見えるもの」を観に行った。

観に行けてよかった。
自分の目でそこにひろがるyraの景色を見たかった。
阿佐ヶ谷の街、東京の風景。
色んなことを肌で感じた。
私たちは今、どこにいても同じなのだ。
人数とか、何パーセントがどうとか、都会とか田舎とか
そこにいれば何の違いもない。
そう思った。

yraと話すのがとても好きで楽しみにしていて
話すのも聞くのもずっと続いたらいいのにと思う。

遠くに見えるもの
一緒に並んで見た冬の静かな時間
何度も頭の中に再生して今日もまた。

2020/12/03

物語のつづき

月に一度来る落ち込み期間。
そういえば、発掘現場の遺構にも「落ち込み」というものがある。
私はその遺構を直に目にしたことがないので想像だけれど、
きっとその何ともわからない落ち込んだ場所で
一人、あれやこれやと思案する時間なのだと思う。

今日まで、それは突然やってくる、何もかも辛く感じる波のようなものだと思っていたけど
それは自分のなかにずっとある、言葉に出来ない未消化のモヤモヤしていることが明るみに出ているのかも、と思った。

「A子さんの恋人」という何年も前、風邪をひいた時期から読み始めた漫画が完結した。
なんとも遅々として進展しない内容で、永遠に解決しないように思えた話がついに完結したのだった。

最終巻の途中まで一息で読んだところで、なんとなくしばらくそのままになっていた。
一人きりで読みたい、とぼんやり思っていたのかもしれない。
それも、移動中や、店の中とかでなく自分だけの場所で。
ようやくそれが叶って、読んでる途中から自分でも不思議なくらい、ぼたぼたと涙が溢れて声を上げて泣いていた。

私が探していたこと、
何年も前にある人に言われてずっとはっきりとわからなかった言葉を何年も経った今になってようやく分かった。

自信を持って
という言葉をずっと本当には理解出来ずにいた。
自信をもつとは?
虚勢を張りながらそれらしく振る舞えるように
うわべだけ着飾って自信を持った人のような気持ちでいた。
調子の良い時は上手くいくのだけど
一度自分を見失うと途端にそれは崩れ去って
不安げで優柔不断な自分が目の前に立っている
それの繰り返しだった。

自信を持って
と言う言葉は
自分を好きになって
という言葉だったのかもしれない

今となってはもうわからないけれど

少し進んでいけそうな気がする。