2020/12/18

冬のひとこま

朝によく出会う軽トラック。
とてもゆっくり進むその荷台には柴わんこさんがちょこんと座っている。

昨日の朝にすれ違った時、
わんこさんは助手席に座っていた。

冬ですねぇ。

2020/12/16

遠くに見えるもの

yraさんの展覧会「遠くに見えるもの」を観に行った。

観に行けてよかった。
自分の目でそこにひろがるyraの景色を見たかった。
阿佐ヶ谷の街、東京の風景。
色んなことを肌で感じた。
私たちは今、どこにいても同じなのだ。
人数とか、何パーセントがどうとか、都会とか田舎とか
そこにいれば何の違いもない。
そう思った。

yraと話すのがとても好きで楽しみにしていて
話すのも聞くのもずっと続いたらいいのにと思う。

遠くに見えるもの
一緒に並んで見た冬の静かな時間
何度も頭の中に再生して今日もまた。

2020/12/03

物語のつづき

月に一度来る落ち込み期間。
そういえば、発掘現場の遺構にも「落ち込み」というものがある。
私はその遺構を直に目にしたことがないので想像だけれど、
きっとその何ともわからない落ち込んだ場所で
一人、あれやこれやと思案する時間なのだと思う。

今日まで、それは突然やってくる、何もかも辛く感じる波のようなものだと思っていたけど
それは自分のなかにずっとある、言葉に出来ない未消化のモヤモヤしていることが明るみに出ているのかも、と思った。

「A子さんの恋人」という何年も前、風邪をひいた時期から読み始めた漫画が完結した。
なんとも遅々として進展しない内容で、永遠に解決しないように思えた話がついに完結したのだった。

最終巻の途中まで一息で読んだところで、なんとなくしばらくそのままになっていた。
一人きりで読みたい、とぼんやり思っていたのかもしれない。
それも、移動中や、店の中とかでなく自分だけの場所で。
ようやくそれが叶って、読んでる途中から自分でも不思議なくらい、ぼたぼたと涙が溢れて声を上げて泣いていた。

私が探していたこと、
何年も前にある人に言われてずっとはっきりとわからなかった言葉を何年も経った今になってようやく分かった。

自信を持って
という言葉をずっと本当には理解出来ずにいた。
自信をもつとは?
虚勢を張りながらそれらしく振る舞えるように
うわべだけ着飾って自信を持った人のような気持ちでいた。
調子の良い時は上手くいくのだけど
一度自分を見失うと途端にそれは崩れ去って
不安げで優柔不断な自分が目の前に立っている
それの繰り返しだった。

自信を持って
と言う言葉は
自分を好きになって
という言葉だったのかもしれない

今となってはもうわからないけれど

少し進んでいけそうな気がする。

2020/11/29

後回しの物事

三草山の虹
朝

昼


ほんとうはPCから日記を書く方が好き。
ノートに書く感覚に近いし、書きながらも読み返しやすいので
勢いに任せて書いた後に全部消す、みたいなこともよくある。
それがいい。
日記は頭の整理。外に出して、大概の事はそのまま忘れてしまうのだけど
時々いつまでも残っていることがあって
そこに何かこれからのとっかかりがあるんだと思う。
だから書いて忘れる。
時々そこに残っているものを楽しみに。
 

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週末は溜まっていた「やらねばと思っているけどいつまでもやれなさそうな事」を続々とやっつけた。

先週2度続けてパンクした自転車を迎えに行く。
自動車の運転練習。
出かける夫を見送り、家関係の用事に立ち会う。勧誘をかわすことに成功。
所用を済ませに自転車ではずっと遠いと思っていた店に直ったばかりの自転車で慎重に向かう。思ったよりも近く、途中で昔ながらの小さなお店をいくつかみつけた。
用事を済ませて少し気が楽になる。さてどうなることやら…
帰ってきて祖父母に頼まれていた写真をようやく注文出来た。
ネットから写真をダウンロードするのに思った以上に時間がかかった…。便利なんだかどうなんだか。
忘れていた光熱費の支払いに出かけたついでに面倒で行かずにいた薬局で生活用品を買う。
色々疲れたしそろそろのんびりするかとも思いつつ、
常温に戻してしまったバターを放っておくわけにもいかないので
いただいたレシピでアップルタルトを焼く。
このレシピがすごかった!材料も行程もシンプルで洗い物も少ない。色々目が覚めた気持ちがした。
ようやく落ち着いたので日記を書きつつ出来ていなかった家族写真をアップロードして今に至る。

なんてことない休日の行動記録。
ずっと後回しにされる物事が本当は大切なんだろうな、と
ぼんやり考えながら飲む適当なお酒風のトマトジュースが美味しい。
(トマトジュース+炭酸+冷凍クシ切りスダチ)

2020/11/16

秋の休日

ほとんど使っていなかったtwitterのアカウントを削除した。
2度目の削除。前回は確か10年近く前だったかな。
あの頃とは世の中も随分変わった。
生っぽい言葉が主導権を得て、世の中は一層早く目まぐるしく感じる。
呟きがその人の全てのようになる世の中。
最近は呟くこともなかったのに、アカウントがなくなったことで安堵みたいなものが生まれたことが意外だった。

姪っ子が初めて遊びにやって来る、というので家の細かなところまで掃除をする。
夫が掃除してくれた布団で楽しそうに転がる姿を見守る、昔は子どもだった大人たち。
帰り道、弟と姪っ子を送りながら仕事の話になった。
仕事って暗示みたいなものだよね
仕事に限らず 何でもそうだ。
無垢な表情で眠る姪っ子を見ていると周りの風景が飛んでいく。