2024/05/22

夏近し

ブルータスの言葉の特集を読む。

ふいに浮かぶ言葉を掴む、もしくは浮かんでくる感覚に知っている言葉を当ててゆく。
その鍛錬をしてる人たちがこんなにもいるのだな…

まだまだ言葉を捻り出している感じ
自然に出来るようになるのかな

今日知った俳句がとても心に残ったのでメモ。

「山頂に流星触れたのだろうか」清家由香里

第10回俳句甲子園 最優秀句

2024/05/15

◯

日記を書くのも作品をつくるのも
心を透明なところに置いておきたいからなのじゃないかな、と思う。

2024/05/09

とりはうらぎらない

夕飯をがーーーっと作って(美味しいとも美味しくないとも言えないものだった)、お風呂、寝かしつけ。
珍しく寝落ちしなかったので 起きてきて職場の人におすすめしてもらっていたコウケンテツさんのレシピを探してみる。
鶏肉を使いたかったので探していると
「チキンは裏切らない」シリーズと言うのがあった。
コウケンテツさん、温和で関西弁の方なんだなーと親近感を抱く。
鶏むね肉の、チキン南蛮というのを作る。
あっという間に完成した。
コウケンテツさん!ありがとう。
いいレシピに出会えると一気に料理が楽しく感じられる。

届いていた荷物をどんどん開けて紙ゴミを片付け、家事をやって合間にコーヒーを淹れる。
リンデンバウムのチョコクッキーがある幸せ。

明日の夕飯が出来てるというだけでもう明日が楽しみだ。
おやすみ。

日常の感じ

「PERFECT DAYS」を観た。

「日常(繰り返される変化のない)」の描き方が無駄がなく美しすぎて自分の好む日常の感じとは違うなと。
(盆栽に水をやる、カセットテープから流れる古い洋楽、フィルムカメラ(モノクロ)、銭湯、昔ながらの大衆酒場、寝る前にワンコインで買った古本を読む…)
それらは私にとっては日常よりもずっと非日常に近い、サブカルチャー的な要素の方が強い。

主人公が無口だからなのか周りの人が状況を説明しすぎることと、俳優も豪華すぎるかなぁと。
多分、ひとつ嫌な印象を受けたシーンが冒頭の方にあってそれをずっと引きずってしまったのもある…

結局、最後までうーん?という気持ちだったけど最後の主人公が泣き笑いの表情を浮かべながら夢の中のように(やたら左右にハンドルを切ってたので)運転するシーンを回想していると、
この主人公は自分の思う「PERFECT DAYS」を自ら(受け身ではなく)過ごしているのかもしれないな、と。 (こんな日常がパーフェクトなんだ、というのではなく)
そう思えば何となく色々まぁ、そうかと。

感想を書くためにはいろんな角度の物差しが必要なんだと久しぶりに思い出した。
頭の体操〜

2024/04/24

ドーナッツホール

カルテットを久しぶりに観ている。
と言っても昼休みの30分くらいに細切れで。

それでも観ていない日々よりずっと目に映るものが鮮やかになった。
言葉や映像が止まっていた心を否応なく動かす。
動かされるのだ、ほんとに。
きゅーっとなったりぶわーっと広がったり。
真昼間に食後のコーヒーを飲みながら泣く。
私の心、まだ全然大丈夫じゃないか。よかった。

…
前にやってたbloggerに戻ってみた。
こっそり。
広告のない、誰にも見られてないような場所でまたこそこそと心のありようを写しとっていけたらなと思う。
言葉にする練習も兼ねて。
すぐ「それっぽい」言葉に流されそうになることへの小さな抗いというか。

ますますひとりになってく自分をちゃんと大切にしてあげたいと思う。